物件選びも、おもしろさを採る
金 悠さん(ヌーラボ京都オフィス リーダー)・村田 敬太郎さん(大家兼管理人)
ヌーラボは、WEB上で図を作成しチームで共有できる「Cacoo」や、チームでプロジェクトを管理できる「Backlog」、チーム内でのチャット機能「Typetalk」など、チームで物を作る時に役立つサービスを制作しているITの開発会社。そのユーザーは日本にとどまらず、世界中に広がっており、2022年には、東京証券取引所グロース市場に上場し、事業を拡大しています。日本では、福岡本社・東京・京都に、シンガポールにもオフィスを構えるグローバルな企業です。
アッドスパイスでは、2014年の町家の事務所に続き、2018年の島原の呉服店ビル(いぐちビル)の事務所と、二度にわたり仲介いたしました。島原は、かつて遊郭があり栄えた場所。
事務所にはなかなか選ばないこの地を選択した、ヌーラボの京都オフィスの金さんと、いぐちビルと隣のシェア店舗itonowaの大家兼管理人である村田さんにお話を伺ってきました。
*この記事は、『不動産プランナー流建築リノベーション』(学芸出版社)で執筆した記事に加筆修正しています。
―一軒目は丸太町の町家を借りていただいて、ヌーラボの皆さんでDIYされ、楽しく事務所を作られました。今回は、島原の呉服屋のビルへの移転です。なぜ二度も、弊社に仲介を依頼してくれたのでしょうか。
金:一旦、自分達で探そうとしたんです。普通の不動産サイトや、岸本さんの運営しているサイトでも探していました。だけど、どうしようかなと考えていたら、数か月間何も進まなくて…「やっぱり岸本さんだ。いろんな面白い情報が集まってるかもしれない。」と思って、連絡してみる事にしたんです。まさかこんなに早く進むとは思いもよりませんでしたが。
村田:僕も同じような感じです。岸本さんには、僕が運営しているitonowaのことを知ってもらっていて、思い返せば、少し前から「隣の呉服ビルをどうにかしたい」とやんわりご相談していました。よくある賃貸サイトに出すのにはどうも抵抗があって、もうちょっと愛のある募集をしてもらいたいと思ったら、岸本さんしか思い浮かばなかったんです。でも、すぐ決まるとも思っていなかったし、何となく先延ばしにしてしまっていました。
―当事者同士が何となくとぼんやり思って進まないところを、条件を整えてグイっとスピード感を持って進めるのは、不動産業の役目でもありますよね。
村田:あと、撮影に来てもらってから改めてサイトを見てみると、他が特徴のある魅力的な物件ばっかり載っていて、「こんな普通で面白みのない物件、頼んで大丈夫だったのだろうか」と少し後悔していました。
―私は、全然面白い物件だと思っていましたが、ご不安だったのですね。村田さんから具体的に掲載の相談をいただいて、翌日に、ヌーラボさんのところに伺う約束をしていました。ヌーラボさんの条件は、もっと狭くて予算も少なかったんです。違う物件を紹介して、実はあわよくばと思ってご紹介した物件がこのいぐちビルでした。
とにかく、ヌーラボの京都メンバーの皆さんの食いつきが良かったですが、なぜ、いぐちビルにあれだけテンションが上がったのでしょう。
金:写真を見せてもらったとき、呉服屋さんの紅白ののれんがかかっている外観写真にインパクトがありました。室内も、一面が和室で反物が転がっていたり。普通のオフィスで働きたいとはメンバー誰一人思っていなかったので、まずは、「ヌーラボが呉服屋を使う」というのを妄想すると面白かった!というのがあります。僕たちは、利便性が良くて高くて狭い、よりも面白さや自由さを選ぶ。それは、社内で共有できていたと思います。
―前の雰囲気を継承できるという意味合いでは、必ずしも、綺麗に片づけたらいいというわけでもないんですよね。
金:あと、前の事務所は町家だったのですが、町家はセキュリティがどうしても弱くなるのが、僕たちIT業では懸念でした。だから、ビルはセキュリティかけやすくて良かったんです。「ビルなんだけど畳」というギャップと実利もポイントでしたね。
―意外にも、和室が良かったのですね。
金:畳、人気です!2階はリラクゼーションフロアになっていて、ごろごろ転がれます。他の支社では、仕事スペースと打ち合わせ部屋くらいで広さに余裕が無いので、みんな羨ましがってよく遊びに来ます。
コロナ禍以前は、全社の合宿所としても使われていました。ハッカソンという数日かけて実装のプロトタイプを作る開発合宿があるのですが、その時も、畳は人数制限がなく、だだっ広く使えて良かったです。それと、かっちりしていないので、アイディアも沸きやすいというのもあると思います。
―予算より家賃が高かったのは、経営陣にどう説得されたのでしょうか?
金:探していた条件よりはたしかに高かったのですが、建物の質や面積に対しては、割安ですよね。あと、人が増えてもキャパを増やせられること、京都駅からのアクセスが悪くないこと。それと、京都メンバーが皆気に入っていてテンションが上がっていること。社長もそれを重視してくれるので、最後は気持ちでした(笑)。
村田:正直、どういう人が借りてくれるのか全く見えず、難しいと思っていました。ビル一棟なのでそれなりの賃料だし、今の島原で飲食店を開きたいというのも考えにくいですし…
―そうですよね。私も、宿泊業は需要はあったと思いますが、近隣の兼ね合いでNGでしたし。普通は事務所に選ばないので、私もヌーラボさん以外で事務所の選択肢は、厳しかったと思います。「島原にヌーラボの事務所」という唯一無二の解だったんですね。
―ヌーラボとしては、島原という場所には抵抗はなかったですか?
金:「何を取るか」ですが、島原は、落ち着いているところが魅力でした。itonowaに併設されているGOOD TIME COFFEEで美味しいコーヒーが飲める環境が良いですね。一対一で定期的な面談をするのですが、社内では話しづらいので、GOOD TIME COFFEEさんを使わせてもらっています。このエリアは唯一、ご飯どころが少ないことは残念ですが。
村田:最近は、私たちのitonowaや、きんせ旅館などに行くんだろうな、というカフェ巡りをするような人は歩いていてよく見かけるようになったんですが、ヌーラボさんにここを借りていただいてからは、エンジニアの人なんて、これまでの島原では見たことのない人が歩くようになったんですよね。ひとつの会社が入居するだけでも人の流れが変わった気がします。僕は島原が地元なんですけど、島原って昔から、「ネクタイにスーツ」といったいわゆるサラリーマンがいない街で、そこもヌーラボさんと相性が良かったのかもしれません。
―他の地域のヌーラボの方々は、この街をどう捉えられていますか?
金:京都の人でも足を運ばないくらいなので、外の人はだいたいの人が初めてくる場所なので、「京都駅に近いところに、こんなところがあるんだ」と言ってくれます。特に、ここから歩いて行ける市場周辺は、ディープな京都が味わえるとウケていますね。
―入居後、村田さんとヌーラボさんとの交流は何かあるんですか?
村田:実は、先ほどもしていたのですが、月一で僕がヌーラボさんの所にお邪魔して、お菓子会をしているんです!お菓子を差し入れしながら、近況や街のイベントをお伝えしたりしています。
金:ヌーラボでは、朝ごはんを食べない人が多いという理由で、福利厚生で朝ごはん代が
会社から支給されるんです。だけど、僕たち京都チームは、家庭のある人が多くて、朝ごはんは家で食べて来るので、代わりに週一回お菓子を買っているんです。そのうち1回を村田さんと一緒に過ごします。今日も、呉服屋さんで使われていた古い棚を、引き取り手がいないということでいただきました。
―IT業界でいらっしゃるので、コロナ禍でリモートワークがより増えたと思うんですが、今はヌーラボ事務所をどれくらい使ってらっしゃるんでしょうか?
金:フルリモートになったことで、福岡や東京の事務所は、面積を縮小したのですが、社内で京都オフィスは残そうとなりました。僕らだけでなく、他の場所で働く社員も経営陣も、この物件を気に入っていることと、他の地域に比べたら賃料がさして高くないことが理由で、死守できました。
ヌーラボは、リモートワーク手当があり、それぞれの家の部屋がミニ事務所のようになっていて、仕事自体はがっつり家でできる環境が構築されているんです。それでも、仕事の裏は人間がやってるわけだから、コミュニケーションを取ったり、フォローし合ったりするために、場があることの必要性を僕は感じています。コミュニケーションのちぐはぐさを是正するためにも、数か月に一回、日を決めて、オフィスに出社しませんか、という「オフィスギャザリング」を設けています。
*
コロナ禍もあって、今回の取材で、ひさびさにヌーラボ事務所を訪問させていただいた。ヌーラボはソフトウエアを自作している会社であるので、働く環境も自分たちで作る。自分の手で作ってメンテナンスもしていく。一見、IT開発とDIYは遠い存在のように思うが、「自分たちの環境を自分たちで良くしよう」いうキムさんの話を聞いていると、そのかけ合わせは必然のように感じる。急拡大しているヌーラボが、この大きな箱をこれから先どう使いこなされていくのか、楽しみでならない。
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