そぎ落とされた空間で、緻密なデザインを生みだす 

Studio Kentaro Nakamura 
仲村 健太郎さん(ブックデザイナー・グラフィックデザイナー)・小林 加代子さん(ウェブデザイナー)

記事のイメージ写真

いま、関西のデザイン界で注目を集めている仲村健太郎さん。本の装丁や美術・文化施設の広報物など、緻密で美しいデザインが特徴です。職住一体の生活から、コロナ禍にオフィスを構えることになり、アッドスパイスで企画した二条駅前の古ビルの、4階・5階・屋上階をセットで借りていただきました。あれから3年が経ち、どのような暮らしの変化、仕事の変化があったのかを伺ってきました。想像をはるかに超えるお二人のビル愛を、たっぷり感じ取れることができました。

事務所にお邪魔する、その前に。仲村さんのお仕事をいくつかご紹介。

コクヨ ワークスタイル研究所が発行する統計レポート「WORK VIEW 2023」

コロナ以降の働き方についてのリサーチブックのデザイン。大量のグラフと絵のタッチをビットマップスタイルで描き、1冊の統一感を持たせた。(写真提供:Studio Kentaro Nakamura)








京都伝統産業ミュージアムの企画展「町田益宏写真展『継ぐもの -In between crafts-』」

工芸のミュージアムの広報物なので、チラシも一工夫。背景の赤に見える色は、赤色に金色を重ねて印刷。手に取ると金が反射したり透けたりすることで、背景が赤色から深い茶色へとうつろうしかけ。(写真提供:Studio Kentaro Nakamura)

写真家 平野愛さんの引っ越し写真集『moving days』

7組の引っ越しをドキュメントした写真集。ブックデザインだけでなく、被写体としても登場。写真のページ構成を写真家と丁寧に話し合い、デザインしている。(写真提供:Studio Kentaro Nakamura)

京都国立近代美術館「ABCコレクション・データベースvol.1 石黒宗麿陶片集」

作家、視覚障害のある方、美術館が協働して取り組むプログラムの特設サイト。(作家、視覚障害のある方、美術館が協働して取り組むプログラムの特設サイト。壺の中に⼿をいれて、陶片をさわる鑑賞体験をウェブでも。 ) (写真提供:Studio Kentaro Nakamura)


こんな素敵なデザインをされているのが、このチャーミングなお二方。代表の仲村健太郎さん(右)とデザイナーの小林加代子さん(左)。


―まず、この物件を知ってくださったきっかけを、教えてください。

仲村:当時同じ団地に暮らしていた知人のツイッターに、流れて来たんです。この物件に引っ越す前は、団地で家と仕事場を兼ねていました。すごくいい物件で気に入っていたのですが、引っ越そうと思ったのはちょうどコロナが始まった頃です。SOHOでステイホームだと事務所にずうっと居るようなものなので、働こうと思ったらいつでも働いてしまうんですよね。そこで、生活と働く空間を分けたいな、事務所を探そうかと2人で話していました。

僕らは仕事柄、本が多いので、最初は本をすべて収納できるところにしなきゃ!と思っていました。でも予算もそんなに潤沢じゃない。それで、「100㎡・10万円」というような条件で賃貸サイトで検索すると、ヒットする物件は市街地からだいぶ離れていたり、場所も工業地帯っぽい地域になるんですよね。

今のこの物件を内見したときに、陽当たりの良さや空間の持つ空気、駅からの近さから何からベストだ!と感じたことを覚えています。内見した後、近くのくら寿司に行って二人で会議しました。懸念は本の量だけだったんですが、本を全部持って行くのをやめようと決めたら、クリアになってこちらに決めました。今は、入りきらない本をレンタル倉庫に預けて、頻繁に読む本だけを事務所において、本棚の巡りをよくするように気を付けています。

よく使う本だけこの本棚に置き、巡りをよくするようにしている。年末の大掃除で、右から言語~デザイン~建築~イラスト~写真と、グラデーションに本を並び替えた。
 

―当時のお家から結構距離があったと思いますが、それは懸念になりませんでしたか?

小林:家と仕事場を分けたくて、わざと離したんです。動いた方がいいなって思いもあって。今は自宅も引っ越したので、さらに遠くなりましたが、自転車で40分ほど、雨でも電車を乗り継げば意外と便利です。
仲村:五条とかだと、既にカルチャーのコミュニティがある印象だけど、二条ってそこまでじゃないんですよね。

―周りに同業者が少ない、というのは一長一短かと思いますが、お二人にとってはどうですか?

仲村:僕はその方がいいですね。のんびり集中できるかな。
小林:私も同じく。ある程度、車の音とかが聞こえるこの環境は集中しやすいです。家は自然が多いところなんですけど、それが逆にコントラストがついていいですね。
仲村:近所で何でも揃いますって感じじゃないんですけど、烏丸御池とかに用があれば自転車ですぐ行けるし、つかず離れずな距離感がすごくいい気がしています。
でも、近くに美術や建築専門の古書店もあって通ってますし、よくお願いする印刷所もあるので、歩いて打ち合わせに行っています。

二条の駅前は、飲食店や大きめの書店や映画館もあり、便利。最近、コープの上に無印良品ができてよく使っているんだそう。美術書をそろえる個人古書店にも、よく足を運ぶ。

仲村:ここにきてから、仕事のジャンルも変わったんです。僕は学生時代から10年間左京区に住んでいて、その頃は、大学で出会った人たちきっかけの仕事が多かったんです。でも、ここに引っ越しからは、はじめての方との仕事もなぜか増えましたね。ここだといろんな人に話しましょうって、声をかけやすいし。場所の力ってめちゃくちゃあると思います。

―小林さんは、ここに来てから何か変わったことありますか?

小林:私は、家で仕事している時より、自分が明るくなった気がします。家の中で仕事をしてると、やらなくてもいいのについつい仕事をしてしまっていたのですが、今は家ではよっぽどでない限り仕事を持ち込まないので、メリハリがついたのが影響しているのかな。

打ち合わせスペースにあるキッチン。簡単な調理ができるので、事務所のみんなで準備し、たまに鍋パーティーを行ったりする。普段は、あまり生活感を出さないように配慮し、キッチンや食器を整頓している。(写真提供:Studio Kentaro Nakamura)
共用階段の踊り場壁面は、アッドスパイスのリノベーション時に、各階に色が塗られており、それに合わせて水仙とポスターで彩っている。(写真提供:Studio Kentaro Nakamura)

―この物件の使い心地は、いかがでしょうか。

仲村:壁も天井も真っ白で、もう、そぎ落とせないくらいにそぎ落とされた空間にはじめから仕上げてもらっていたのは、めちゃくちゃありがたかったです。作ったポスターとかをパッと壁に貼ってみた時に、周りの建材の主張がないから、作ったものを見やすいんです。しかも、床はタイルをはがして仕上げられていて、その跡にこのビルの歴史を感じたり。真新しいツンツルテンではなくて奥行きもあって。優しい味付けの料理みたいなさじ加減を感じています。

小林:お客さんにも、ビルの雰囲気を褒められることは多いですね。廊下のリノベーションされた手洗いも好評です。

5階の作業スペース。そぎ落とされた白い壁面に、作ったポスターなどを貼ってみて見てみてを繰り返し、調整を重ねる。(写真提供:Studio Kentaro Nakamura)

 

―部屋が4階・5階、屋上付きという賃貸募集でしたが、3層に分かれている使い心地はいかがですか?

小林:最初はイメージしていなかったんですが、思いのほか良いです。4階を打合せ、5階が作業スペースにしています。パソコンでやらなくていい作業やオンライン授業は、4階でやっています。他の人に気を遣わなくていいですね。屋上は、主に休憩に使っています。あと、製本用の道具を作る際に木を切ったりするのに使うこともあります。

仲村:僕は、屋上で本を読んだりしていますね。3層あるので、この作業ここでやってもいいしっていう選択肢があるのがいいですね。
この物件で過ごすにあたって、階が分かれているとか、頭をひねったほうがいいことは幾つもあるんですけど、だからだめってことでは僕らの中ではなくて、だったらどうしようかなって考える余地が残されていのがいい。考えて、じゃあこうしようかなって決めてるから、最初から空間の役割が割り振られているより、結果、愛着も生まれている気がします。

屋上は風が吹き、気持ちが良い。読書をしたり、木を切る作業場として使っている。昔はこの辺りで一番高い建物だったんだとか。

仲村:このビルのことがめっちゃ好きになって、掃除のときに部屋の中だけじゃなくて、一階の入り口まで掃除しに行ってます。

―え、なんと!

仲村:なんかここに引っ越してきてから、掃除が好きになりました。気持ちが整うんです。

小林:元々は、全然そんなことなかったよね。

仲村:拭き掃除と掃き掃除の日があって、定時の5分前に、スタッフ含めみんなで掃除するんです。廊下に箒が四本並んでます。
入口はお客さんにも見える場所だし、外からのゴミは大きくて掃除しがいがあって楽しいので、僕が率先して下を掃除しています。「今日めっちゃでかいの取れた~!」とか言って。ビルの二階が国語塾なんですが、僕が玄関を掃除してると、たまに塾の子が、「こんにちは、ありがとうございます」って挨拶してくれて。誰か分かってないと思うけど、レレレのおじさんみたいな。
プライベートな家とはまた違う物件を借りたことで、自分の公共の感覚が変わってきてる感じがします。この部屋も自分の空間、ビルも自分の空間、その前の通りも、と広がっていっています。歴史があるレトロなビルだからこそ、掃除したり手をかけながら、大切に使っていきたいと思っています。

仲村さんが、レレレのおじさん化して掃除している玄関回り。改装時に1階のカフェとファサードを合わせて、ちょっとした雰囲気がある空間にした。
募集時の4階の写真。タイルをはがして研磨したままの床に、オーナーさんはびっくりしていたが、仲村さんたちにとってはこれがベストだった。

取材を通して、お二人は、街を選ぶにも場所を選ぶにも、自分たちの心地良さをとても大切にされてきたんだなと実感した。自分との対話がしっかりできているからこそ、明るい性格になったとか、掃除が好きになったとか、空間を通じて、自分自身の変化に跳ね返ってくるのだと思う。
また、余白のある空間がいかに重要か、使いこなす余地が与えられているからこそ愛着が生まれる、といった、デザインを生業にされているからこその視点を教わることができた。企画や仲介だけで関わった物件は、引き渡した後、使っている様を見せてもらう機会が案外少ない。入居後の訪問インタビューは良し悪し含めて意見を聞ける貴重な機会として、新たなプロジェクトのためにも、今後も継続していきたいと誓う。

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