作り手の日常に寄り添う場
- 京都市左京区
*第40回住まいのリフォームコンクール 国土交通大臣賞(最優秀賞)受賞
*第7回日本エコハウス大賞 最優秀賞 受賞
これまでの仲介・運営の声から、新たな企画を生み出す
このプロジェクトは、周辺に学生寮を多く所有する地主が、長らく留学生に賃貸されてこられ、2015年に相談があった。親族間で調整いただいた後、その間に弊社の他物件のお披露目会に足を運んでいただきたくさんお話させていただく期間を経て、5年後に再度、「作り手の日常に寄り添う場」として、内容を修正して、企画を提案した。
改修前は計8戸の集合住宅だったが、工芸作家等の多いエリアの特性を踏まえ、1階は共有部となるラウンジ及びワークスペースとして賃貸のできる5室へと改修、2階は住戸のまま改修し、職住近接型の集合住宅として改修を行った。1階の用途変更を行うことで、木造床の弱点である下階への音漏れにも配慮している。殺風景な屋外空間をテラス化して植栽を施し、共有部として整備を行った。
これまで作家のモノづくりにかかわる物件を数多く企画・仲介・管理するなかで、仕事場と住まいが同じ建物内だけど別々の空間に分かれている、という物件を求めていることが判明。たとえば、モノづくりをする粉塵や臭いが部屋に充満すると眠れないなど、健康や生活上の不具合が出てくる。また、ものづくりは永遠に時間をかけれてしまうため、オンオフの気持ちの切り替えもしやすい必要性を感じた。これらは、実際に作家の声として見聞きしたことが、企画に生かされている。
土間スペースには1階のワークスペースは、共用廊下側にアルコーブを設けたり、廊下側から見えにくい死角をつくるなど、光や風を取り込みながらも廊下や隣家からの視線を遮るようプランニングし、作業に集中できる環境を設えた。
オーナーと建物に合う、適切なチーム編成
まず、先述のように、オーナーがこれまでずっと留学生だけでなく作家や料理人などに賃貸し、作り手に寄り添ってきた経緯があった。そのオーナーと建物の特徴を生かすと考え、施工は、解体・補強・新設を既存状況に合わせて判断でき、古い木造の知識と技術をもつ宮大工出身の工務店、かつ、美術家や建築家作品の施工を数多く担ってきた方に依頼した。設計者は、意匠性、改修の知識と経験があり、投資効率のバランス感覚をもった人に依頼。弊社も、これまで様々な種。層のクリエイターに合う物件を作り続けてきた。
私たちはこれまで、各々の分野で、建物を作るだけでなく、完成後に場が使いこなされる姿を見てきて、使い勝手などを熟知している。そんな私たちだからこそできる、自らの手で、ものづくりをする皆さんの日常を支える場を設えた。
陰湿な印象を、ラウンジまで続くレンガで一新
具体的には、共用ラウンジは、土間スペースから続くレンガタイル敷きで、自由に使えます。土間には水場があり、作品を作ることもできる。作業場とは分けて、お客さんを招いてプレゼンする場所はきっちり見せたいという場合も、ラウンジを自由に利用できる。
シェア型物件の場合は、共用部分の建物全体に対する存在意義がキーになると考えている。こうした共有部の整備と用途変更により周辺物件と差別化を行いつつ、総合的に性能向上させることで長期的に安定した運営を行える。
シャワーでも、グッとくる住居であることが大切
ものづくりをする人にとって、住居部分は必要最低限でいいけれど、どうでもいいわけではなくこだわりはある。既存の1室約22㎡と限られた面積でを継承することになり、浴室ではなくシャワーを選択した。一方で、作家にとってグッとくるような、土間は屋内化した内土間、屋外の外土間の2種類を入居者の好みによって選択でき、植栽や自転車を置いたり、テーブルとイスを置いてテラスとして使うなど、入居者により多様な使い方がなされている。また、室内に作品を置けるような棚を設えた。結果、シャワーで面積も限られているなか、周辺の単身者向け賃貸よりも高い賃料で貸すことに成功している。現在、芸術系の大学生などが入居している。
いかに特徴づけるか、ということを、建物全体でも、室内からも双方向から実践している。
手でものをつくる人向けに「tede」という名称とし、クリエイティブなターゲット層に絞り、広報やロゴ看板も工夫した。
断熱・構造に力点をおいた改修
賃貸住宅は収益性が第一に求められるため、築古の物件は表面だけを新しくした場当たり的改修が行われるか、ローコストの画一的なアパートへ建替えられることが大半である。一方でそうした賃貸住宅は陳腐化するのも早く、長期的に不動産価値を維持できなくなることが多い。本計画では築63年の木賃アパートの総合的な性能向上改修によって快適性と安全性を確保し長期的な不動産価値を高めた上で、既存環境や建物の状況に応じた企画・空間づくりを行い、新築にはない魅力を備え街の豊かさに寄与する建物としての再生を目指した。
省エネ・高断熱は内見時には分かりずらいが、入居者にとっては最も大事な住環境を守る要素であり、居住性という意味でオーナーにとっても考慮すべきことである。
既存建物は各住戸の界壁に直交する長辺方向の耐震要素が皆無の状況で、上部構造評点は0.029であった。長辺方向にも耐力壁を配置する平面計画により剛性を確保し、土葺きの瓦から金属屋根に葺き替えて軽量化を行った。改修後の上部構造評点は1.291まで向上し、安心して入居できる耐震性を確保した。 また既存基礎は無筋でひび割れも見られる状態であったため、新規基礎を既存基礎に添えて打設し、全面に耐圧版を打設し足元を補強している。水廻りの柱、土台など腐朽していた躯体は新しく取替えを行っている。
木造賃貸アパートの活用可能性
木造賃貸アパートの有効活用は、全国的な問題であるが、左京区のこの地域ではとりわけ、京都大学や芸術系大学など学生向けの木造賃貸アパートが元来多い。各戸に浴室を持たない木造賃貸アパートは、建替えを検討され、新築のアパートには対抗できず、住み手が減り、市場価値がほぼない状態で陳腐化していく場合が多い。
一方で、木造賃貸アパートは、この街を守り、必要とされてきた地域資源ともいえる。それを現代に求められる価値に変換することは、街の形成においても必要なことで、今回大きな2つの賞で最優秀賞を受賞できたのは、社会的意義や賃貸市場の可能性を評価いただいたのだと考える。
私は、木造賃貸アパートは、特定少数のための居場所としてなら、今後もっと、多様な可能性がある素材だと考えている。
最初、この物件の相談をオーナーさんからいただいた時の連載コラム(OURS)
Overview 概要
- プロジェクト名
- tede
- 期間
- 2020年10月~2023年3月
- 所在地
- 京都市左京区
- 規模
- 木造2階建てアパート
- 用途
- ワークスペース5区画+住居4区画
- 設計
- 村上康史建築設計事務所
- 施工
- 椎口工務店
- 写真
- 貝出翔太郎