嘆くだけでは変わらない、町家喪失の事情
一軒また一軒と、町家が潰されている。今年に入ってからは、文化財級の町家まで姿を消しつつある。そのたびに、嘆く声が増える。
一方、所有者も、なにも潰したいとは思ってないのが大半だろう。
残せるものなら残したいが、そうも言っていられないという事情があるからだ。
町家は維持するだけでも費用がかかり(特に昨今の風水害の影響も多大)、人様に貸すとなってはさらに改修費がかさむ。
近年の不動産バブルで、5年前とは比にならないほど不動産の値は上がっている。
それなりの規模の町家をまともに査定すると、売買でも賃貸でも値が上がりすぎて買い手・借り手の候補がかなり限られる。
収益性の高い宿泊業は、様々な事情から懸念する所有者も多い。そもそも、第一種低層住居専用地域が多い京都では、宿泊業を営めない地域も多いし、宿泊施設が増えすぎて事業として成立しにくくさえなってきた。
嘆く理由は人それぞれ。町家愛好家に歴史家もいるとは思うが、京都の人は、美しい町並みを失うことへの危機感は強いと思う。
「どこもかしこも駐車場」ではないが、「どこもかしこもホテルかドラッグストアか駐車場」といったところか。今では、町並みと言えるほど連続して残っている町家は無いのかもしれない。今では花見小路がテーマパーク的に残っている以外は。
建物一つひとつは所有者がいるわけで、潰さざるを得なかった所有者や、所有者が置かれている社会・経済状況を、ノスタルジーや古都の歴史性を重んじた結果、無責任な第三者が攻め立てることをしてしまってはいないだろうか。
もちろん、京都という街が培ってきた歴史や伝統文化は重んじられるべきだろう。
しかし、町家が無くなっていくことを嘆くだけでは何も変わらない。自分達に出来ることをそれぞれの立場で考えることも必要では無いだろうか。
それが、今の京都で求められていることだと、わたしは思う。
私には何が出来るのだろうか。ここで一つの仮説を立ててみた。
「町家の姿形は変わっても、せめて、町家で大事にされていた暮らしや住まい方だけでも抽出し、発展させることができれば良いのではないか。」
抽出してぐいっと発展させる、マイクロデベロップメント
話が飛ぶが、先日、東京の大田区の下町・梅屋敷で、地元で愛されていた甘味処が廃業になった。
閉店の知らせは、シャッターに紙切れ一枚の報告。そのシャッターには「ありがとう」「大好き」と、たくさんの感謝の手紙が、上書きするように貼られていた。
名物であるアイスモナカは、小学生が少年野球の帰りに集ったり、お年寄りの井戸端会議の場であったり、エリアの資産そのものだった。その風景は、おやつ・空間・店のおばちゃんなどの条件がそろって成立している。ただ、店主が入れ替わって引き継いだら良いという話ではない。
しかしその事件を受け、地元の不動産オーナーが立ち上がり「アイスモナカを継げないか」と考え、店主に交渉した。「味のお墨付きが出たらOK」と言われ、アイスモナカを継ごうとしている。
しかも、「アイスモナカだけを抽出して、駅前のカフェという違う形で発展させる」ことにした。そうやって、アイスモナカを幼少期から愛してきた不動産オーナーが、リスクを背負って、その風景を再編集しようとしている。
これこそが、マイクロにデベロップメント、つまり地域を小さく発展させることなのではないか。と思う。いわゆる大手デベロッパーの縮小版ではなく、エリアの資産にきちんと投資して、単に継承するだけではなく経済的にも成立させつ。
京都の町家問題でも思うが、「良かった時代の永久保存」で終わってはいけない。
「抽出してぐいっと発展させる」ことが、これからの時代の街へのアプローチなのではないだろうか。
あたらしい職住一体
そんなことを考えていたら、ちょうど実践できる案件がやってきた。
京都の西陣の地で、七軒の町家や木造長屋が群として空き家になっているところで、「あたらしい職住一体をつくる」プロジェクトを進めている。
マイクロデベロップメントの考えと共通している。
西陣と言えば西陣織。西陣織の職人が住んでいた織屋建ての町家は、職と住を一体にした住まい方で、それが群になってエリアが形成された。エリアの中に、職を中心としたコミュニティが深く根づいている。その住まいのなかに仕事がある暮らし方は、現代にも見直され、希望する人も増えてきた。
ただ単に、昔ながらの職住一体の暮らしを継承するわけではなく、あたらしい職住一体をつくる。かつての西陣は織産業という同業の群、つまりコンセプトが統一されていた。それを今回は、トーンのみ統一して異業種の群をつくってみる。あえて強いコンセプトを立てず、緩やかな結びつきのなかで、入居者同士が科学反応したり、顧客が回遊したりするのではないだろうか。
そんな仮説を立て、町家の多かったこの街の「職住一体」という生活文化を抽出し、「群のセレクト」を発展させることを、あたらしいと称している。
生活文化を残すこと
この時代に町家というハードを残していくには、大きな資金と収益性が求められる。そのため、かなり限られた条件でしか残せないのが現実だ。一部の文化財や歴史的建造物はお金をかけてでも残すべきだとは思うが、個人所有の町家を全て残すことができるかどうかというと、難しい状況もあるだろう。
ハードを残すことが全てではない。いくら町家のハード面にお金をかけて残したとしても、しょうもない使い方をされてはいかがなものかと思う。今の京都には溢れてしまっているのだが。
先日、映画『古都』のオリジナルを見せてもらう機会があったのだが、商談する姿や夕食の支度など、町家で繰り広げられる人々の生活の営みや所作がこと細かに表現されていて、学びが多かった。歴史的に培われた、生活者のための町家だからこそ、使われ方がものの価値を決め、生活文化であることへの価値、つまりソフトへの比重をもう少し傾けてはどうだろうか。
町家という建物自体を残すことは、いよいよ難しい時代になってしまった。
ただ、町家暮らしの礎であった暮らしや生活文化を継いでいくこともまた、町家を残すことのひとつと言えるのではないだろうか。